「吉原大門見返り柳衣紋坂お歯黒どぶ跡」    2014−5−17(土)

 かって、花柳の巷として名を馳せた浅草吉原あたりの、現在の様子はどうで
あろうかと、スケッチブック片手に出かけてみるのも結構面白いものである。
吉原大門交差点角に立つ見返り柳は、五月の風に揺らいで絵心を誘う。衣紋
坂は影も形もない。お歯黒どぶは暗渠になったのか二間幅ほどの道路になっ
ているが、なんとなく面影がしのばれる。大門はかっての場所に二本の柱が立
っていて昔を想像させて面白い。山野掘りに舟は無く山谷掘り公園につづく道
になって子供達が遊ぶ。日本堤の姿は無く町名に残り土手通りになった。かよ
うな次第。だから絵描きにとって魅力を感じさせ描きたくなる面白い町なのであ
る。
   「見返り柳 五月の風が色っぽい」
 今日は五人のサムライと美女一人、腕を振るってのスケッチで有終の美とな
った一日でした。






   「見返り柳」 (浅草吉原) 2014-5-17(土)
 現在の見返り柳そのものは花柳の巷にふさわしい柳腰ではあるが、今の町の
様相には合わないような気がする。しかし乍ら歴史遺産のひとつとしても残して
おきたいものだ。
 花の吉原遊郭さかんの頃は今の場所とは違う所にあったとのこと。そして現在
の柳は何代かを経たものであるとか。
 そうは言っても吉原の仲(今は千束町)への入り口にあるのがふさわしいと言え
よう。



   「日本堤」 (浅草吉原) 2014-5-17(土)
 現在、土手通りといわれる大きな通りが日本堤のあった所らしい。隅田川から
舟で山谷掘りに入り日本堤で下り衣紋坂で衣紋をなおし、吉原大門にむかった
粋客遊人の姿ははるか昔のことだった。その道筋は現在、バス、タクシー、商業
車が走っているのだ。日本堤という名前だけでも残っているのが嬉しい。なにしろ
吉原日本堤ですぞ。!!!!



   「お歯黒どぶ跡」 (浅草吉原) 2014-5-17(土)
 オイランが吉原での辛さに耐えられず逃げ出すのを防ぐため作られたのが吉
原四周に巡らされた「お歯黒どぶ」という名の幅広いドブだったそうな。大門跡の
そばにある交番手前から吉原公園の方への道がその跡だそうだ。思いなしか何
となく暗いドブが見えるような気がする。華やかな紅灯の巷の裏を想像させて、
悲しい。



    「山谷掘りの跡」 (浅草吉原) 2014-5-17(土)
 吉原仲へ通う客が、隅田川から舟で山谷掘りに入り日本堤で下り衣紋坂へむ
かった、といわれている。その山谷掘り跡に来てみた。勿論、昔のままの掘り割
がある筈はない。ここも埋め立てられた道路である。警視庁第六方面本部庁舎
のそばに立って東方向を見ればスカイツリータワーの偉容が目に入る。100年
経つと景色はこうも変わるものだ。一枚描くことにした。



   「衣紋坂はどの辺り」 (浅草吉原) 2014-5-17(土)
 粋客の旦那衆が吉原大門の内に入る前に着物の衣紋をなおしたので衣紋坂
と名がついたのだ、と聞くが、現在その坂らしい所は何処にも見当たらない。い
つの頃かわからぬが整備のため削り取ってしまったのだ、という話もある。現在
のクイチガイ道のあたりではないかと想像して、土手通りからみた方向をスケッチ
してみた。


スケッチ会担当責任者:一柳 幸